未来の自動車整備士を育成!自動車メーカーの整備専門学校

自動車整備士は車の安全な運行を守るために必要不可欠な職業です。しかし近年では、少子化などを背景に整備士の不足が問題になっており、将来に向け、いかに人材を確保するのかが自動車業界の課題になっています。自動車メーカーもこの問題に対処しようと、整備士の育成に力を入れています。今回は、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダの各整備士専門学校の取り組みを紹介します。

トヨタ自動車


トヨタ自動車は東京、愛知、兵庫の3都県で整備専門学校「トヨタ東京自動車大学校」「トヨタ名古屋自動車大学校」「トヨタ神戸自動車大学校」を運営しています。卒業生は学校が所在する地域だけでなく、全国各地のトヨタディーラーで整備士として活躍しています。全ての学校に外国人留学生向けのコース「国際自動車整備科」(神戸校・名古屋校)「国際整備科」(東京校)を開設しているのもトヨタの特徴です。

明るくて清潔な環境で学べるトヨタ東京自動車大学校

トヨタ東京自動車大学校(東京都八王子市)には、例年、約350人の学生が入学します。かつては工業系の高校出身者が目立ちましたが、近年は入学者の約7割を普通科出身者が占めています。入学後は工具の知識など基礎から丁寧に指導しており、教職員らは「普通科の高校生には安心して受験してほしい」と呼び掛けています。

実習場には座学の勉強ができるスペースも用意

 ■多様な学科が特徴

同校の特徴は学科の多さです。2年間で二級整備士資格の取得を目指す「自動車整備科」のほか、ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)の整備技術などを学ぶ「スマートモビリティ科」、営業職などを目指す学生向けの「トヨタセールスエンジニア科」、板金塗装技術を身に付ける「ボデークラフト科」などがあります。特にユニークなのが「トヨタセールスエンジニア科」で、整備技術に加え、経営やトヨタの商品知識なども学びます。高校時代に文系コースや商業科などで学んだ学生も多く在籍しており、上田博之校長は、「(整備を学ぶ上で必要な)数学を苦手とする傾向はあるが、クルマ好きで、吸収の早い学生が多く、販売店からの需要も多い」と話します。

学科の多さも東京校の魅力

名古屋校(愛知県清須市)と神戸校(神戸市西区)には、ディーラーの店舗で接客などの仕事に就きたい人に向けたコース「ショールームスタッフ科」があります。2年制で接客応対スキルや店内装飾技術、マナーなどを身に付けるほか、点検技術や部品の取り付け方法なども学びます。インテックス大阪(大阪市住之江区)で開催されるカスタムカーの祭典「大阪オートメッセ」では、神戸校が出展する車両を紹介する掲示物の作製などを同校ショールームスタッフ科の学生が担当しています。

■1級自動車科への入学希望が増加

各校とも、18歳人口の減少や若者の〝クルマ離れ〟に対し、強い危機感を持っています。少子化が進む一方、高校卒業者に占める専門学校進学者の割合は増加傾向にあります。東京校の上田校長は「少子化だけが入試倍率低下の原因ではない」とし、「若い男性の関心の対象がクルマからスマートフォンなどに移ってきている」ことが要因と指摘します。一方、整備士を目指す高校生の間で一級資格に対する関心は高まっており、同校でも「1級自動車科への入学を希望する人が年々増えている」(上田校長)といいます。1級資格を取得した人には、手当てを出すトヨタ販売店も増えているといい、より高い資格を取得することへのモチベーションになっているようです。

国家一級整備士の取得を目指す学生が増加

同校では、トヨタの販売会社を会場としたディーラーと学校の紹介イベントを東日本各地で開催しているほか、女性向けのオープンキャンパスも開催しています。

女性整備士を増やすための取り組みにも力を入れる

高校との関係づくりにも力を入れています。名古屋校は県内各地の工科高校と連携協定を結んでおり、工科高校の教員に対して整備士のやりがいや待遇が改善する傾向にあることなどを説明しています。コロナ禍でも整備士の求人は多く、東京校の上田校長は「販売店をはじめ、トヨタブランドの会社に就職できることをアピールしていきたい」と話しています。


トヨタ東京自動車大学校・上田博之校長

日産自動車


日産自動車は、「日産・自動車大学校」を神奈川、栃木、愛知、京都、愛媛の5府県で学校を運営しています。ベトナムやネパールなどを中心に海外から外国人留学生を積極的に受け入れていることが特徴で、コロナ前は入学者に占める留学生の割合は約3割にまで達していました。留学生の多くは、2年間で二級自動車整備士の資格を取得し、各地の整備現場で活躍しています。本廣好枝学長は「真面目な学生が多く、経済事情が厳しい中でも勉強とアルバイトを懸命に両立している」と話します。


経験豊富な教員のもとでクルマの構造を基礎から学ぶ

■留学生にも魅力アピール

多くの留学生にとって、高いハードルとなるのが日本語です。栃木、京都、愛媛の各校には留学生向けの学科「国際自動車整備科」(3年課程)を設置しており、授業ではやさしい日本語を使いながら整備技術を基礎から学ぶことができます。

日本国内では少子化が進んでおり、日本人の若者は今後さらに減少するとみられており、留学生の存在はこれまで以上に重要になります。このため、同校は日本語学校の教職員に対して、整備士の魅力を紹介する活動に力を入れ、留学生に同校への関心を高めてもらうことをねらいとしています。

日本人に加え外国人留学生も多く、学生の多様化が進む

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う入国制限の影響は大きく、同校もここ数年は留学生の入学者数が減少してきました。一方、〝ウィズコロナ〟への移行に伴い、国内の日本語学校に入学する留学生の人数は回復傾向にあるといいます。本廣学長は、「2024年春は、多くのの留学生が入学してくれるのでは」と大きな期待を寄せています。

実習場には多種多様な教材車を揃える

日本人学生の個性もさまざまです。かつては「根っからのクルマ好き」という学生が目立ちましたが、最近はそうした学生は減少傾向にあるといいます。そうした学生にも入学後、工具の名前や使い方などをはじめ、整備の基礎から丁寧に指導しています。本廣学長は、「入学時はクルマに対する関心がぼんやりしていた学生が、先生の熱心な指導を受ける中で学習意欲を高め、整備士資格を取るケースは多くある。自動車に対し、少しでも興味があれば、どんどん門を叩いてもらいたい」と語ります。

国家試験合格に向け、座学もしっかりサポート

■モータースポーツの現場も体験

学生のクルマに対する関心や学習意欲を高めることにつながっているのがモータースポーツです。日産自動車の販売店に所属する整備士とともに、国内最高峰のレース「スーパーGT」に参戦しています。学生は整備だけでなく、広報活動などさまざまな形でレースに携わっており、緊張感あふれる現場で、さまざまな人と円滑にコミュニケーションを取る能力などを培っています。本廣学長は「レースの現場に身を置くことで、ちょっとした整備の差が命取りになることを実感できる」と教育上の効果を強調します。

日産メカニックチャレンジ

整備士のなり手不足に対しては、販売会社も同校も共に強い危機感を持っています。販売会社の担当者と同校の職員が一緒に高校を訪問するなど、学生募集活動で互いの連携が進んでいます。日産出身の本廣学長は、「一人でも多くの整備士を輩出することで、日産のアフターセールスを支えたい」と意気込んでおり、販売会社に対しては「一生懸命に育てた学生たちが就職先で安心して長く働ける環境づくりをお願いしたい」と話しています。

日産・自動車大学校 本廣好枝学長

ホンダ


ホンダは、整備専門学校「ホンダ学園ホンダテクニカルカレッジ」を関東と関西で運営しています。多くの卒業生がホンダディーラーで整備士として活躍しています。関東校(埼玉県ふじみ野市)の勝田啓輔校長は「当校の卒業生は全国各地の多岐にわたる整備の現場で活躍しており、特に将来、ホンダの販売会社で働きたい場合は、当校で学んだ方が圧倒的に有利です」と力を込めます。

50年近い歴史があるホンダテクニカルカレッジ関東

■近年の入学者は減少傾向も周囲の期待は拡大

国内の少子化を受け、両校は学校の情報発信に力を入れています。関西校(大阪府大阪狭山市)は22年11月から12月にかけて、大阪メトロ(地下鉄)の駅の中でも特に利用客が多い梅田駅となんば駅の構内にデジタルサイネージのスポット広告を掲載し、同校の就職実績や整備士国家試験の合格率の高さをPRしました。関東校も教員による出張授業を東日本各地の高校で実施するなど、高校生との接点を増やすことに力を入れています。

仲間との共同作業を通じコミュニケーション能力も培う

関東校の入学者数は15年から16年にかけて落ち込む傾向にありましたが、17年以降は回復に転じ、特に20年にはコロナ禍で社会の先行きが不透明になり、資格取得への関心が高まったことなどから一時的に大幅に増加しました。一方で、コロナ禍で高校の進路指導教員や高校生との直接の交流機会も限られ、また若者の整備士への関心も薄れて来たことから近年は減少傾向となっています。勝田校長は、改めて高校や高校生、企業との関係づくりに力を入れる中で、当校や整備士に対する数多くの期待の声に手応えを感じており、今後、18歳人口が減っていく中で、しっかりと当校の魅力を伝えて行き入学していただくことで、一人でも多く社会に送り出しその期待に応えたいと考えています。

学習意欲の高い学生が集まる

関東校は、入学する学生の質を保つことにも力を注いでいます。何となく学校を選んだことで入学後に学生が後悔するケースを防ぎたいとの思いがあるからです。入学試験の面接では、学生が整備士を自身の将来の職業としてどの程度真剣に考えているかなどを確認しています。整備士の国家試験を念頭に、資格取得に重要な数学を受験生がどの程度理解しているのかもチェックしています。また、外国人留学生についても、入学後は日本人学生と共に学ぶことを考慮し、一定の日本語能力を備えているかを見ています。一方、関西校は2018年に留学生向けの「自動車整備留学生科」を開設しました。3年間で二級自動車整備士の資格取得を目指すコースで、ベトナムやミャンマーなどの出身者が多く学んでいます。

■電気・電子の教育内容を充実

同校でも、自動車にあまり詳しくない学生の入学が増える傾向にあります。そうした学生も入学後はクルマ好きの同級生と接する中で、自動車に対する関心を深めていきます。勝田校長は「他の学生と会話したり、共に作業したりすることに対して抵抗がない学生であれば、基本的には大丈夫」と考えています。ホンダのテストコースに学生を連れて行き、超高速のクルマに乗車する機会も設けており、体験した学生は、自動車の性能の高さに感動してさらに学習意欲を高めるといいます。

クルマの魅力を知り、生き生きと学ぶ学生

自動車の進化などを考慮し、教育の内容をさらに充実させる取り組みにも力を入れています。関東校は、22年4月に設置した一級自動車整備学科で電気や電子関係の技術を詳しく指導できる体制を整えています。関西校の一級自動車整備士コースも高度化した車両の故障を診断できるスキルの養成に力を入れています。

校内にはユニークな車両を多数展示

ホンダテクニカルカレッジ関東校・勝田啓輔校長

自動車メーカーの整備専門学校は、各校それぞれに工夫を凝らし、学生の獲得と整備士の育成に力を注いでいます。電動化や電子制御の進展など、自動車が大きく変わろうとしている中で整備に求められる技術は多様化・高度化しています。各校の取り組みにもますます期待がかかるところです。