カーボンニュートラルとモータースポーツ

“走る実験室”で環境技術を開発

カーボンニュートラルとモータースポーツ

将来の自動車を目指して“走る実験室”で環境技術を開発
パワートレーン、燃料の各分野で

自工会広報誌「JAMAGAZINE」6月号より

世界的な気運が高まる二酸化炭素(CO2)削減の取り組みである「カーボンニュートラル(CN)」「カーボンニュートラル(CN)」
自動車産業においても世界的規模で目標達成に向けた取り組みが急加速しています。こうした中、CN機運の高まりはモータースポーツの世界でも広がりを見せています。
ハイブリッド(HV)や電気自動車(EV)、水素エンジンといったパワートレーン系から、バイオ燃料、合成燃料の採用など様々なアプローチが行われており、“走る実験室”とされるモータースポーツで環境技術のさらなる躍進が期待できそうです。

電気自動車(EV)

フォーミュラE① 日産は2018-19年のシーズンからフォーミュラE参戦を開始

二酸化炭素(CO2)の削減として真っ先に挙げられるのが電気自動車(EV)でしょう。モーター駆動のため、パワートレーンからのCO2の排出はゼロです。このEVの代表的なレースが「FIAフォーミュラE世界選手権」です。2014年に始まったフォーミュラEは、専用設計のシャシーにバッテリー、モーターを搭載したフォーミュラ・マシンを用い、世界各地の特設サーキットで開催されています。現在のフォーミュラE はGen2(第2世代)マシンで、最大出力は250kW、最高速度は280㎞/hを発揮、0-100km/hの加速はわずか2.8秒というスーパーマシンです。
日系メーカーでは量産EVで先行する日産自動車が唯一参戦、EV技術の研鑽の場となっています。
また、今年4月からはオフロードEVによる「エクストリームE」が新たに開幕したほか、FIAが電動GTカーによる新カテゴリーレース構想を発表するなど、モータースポーツのEV化はますます進みそうです。

エクストリームE②

ハイブリッド(HV)

WEC①

トヨタは2020-2021シーズンからWECに「TS010 HYBRID」を投入

電動車のうち最も普及している技術がエンジンとモーターによるハイブリッド(HV)であり、2020年の国内電動車販売の96.8%を占めています。モータースポーツにおけるHV車の代表格はFIA世界耐久選手権(WEC)に出場するトヨタ自動車のハイブリッドレーシングカーです。
1997年に量産型HV「プリウス」を市場投入したトヨタ自動車は、2006年には早くもレーシングHV技術を搭載したレクサスGS450hを開発、十勝24時間レースに出場し、見事完走を果たしています。
その後、レーシングHV技術開発をつづけ、2012年には「TS030 HYBRID」によるWEC参戦を果たし、現在の活躍につながっています。WECでは2021年より「LMハイパーカー」という新たな車両規定を導入、これに合わせトヨタ自動車も「GR010 HYBRID」を投入しています。最新のパワーユニットは3.5L、V型6気筒直噴ツインターボ+ハイブリッドシステムで、エンジン出力500kw/680PS、ハイブリッド出力200kW/272PSとなっています。
世界最高峰のF1世界選手権でもハイブリッドコンポーネント搭載からすでに10年以上の時が経過しています。現在のF1用のパワーユニットは、1.6L V6ターボエンジンにERS(エネルギー回生システム)を組み合わせた仕様に規定されています。ERSは、運動エネルギーを回生するMGU-Kと排気熱エネルギーを回生するMGU-Hの2種のシステムで構成されています。ハイブリッド技術の採用により出力はもちろん、燃料流量規制によって消費燃料の低減にも貢献しています。なお、北米のインディカーシリーズでも、次期新型エンジンにはハイブリッドシステムの導入がアナウンスされるなど、電動化技術の最大派閥であるハイブリッド技術の進化は今後もCNに大きく貢献していくことに間違いはないでしょう。

F1

F1にもハイブリッド技術が導入されています

水素エンジン

水素エンジン①

移動式水素ステーション

水素を電力に変えて走る燃料電池車(FCV)は、EVと並びパワートレーンからのCO2排出ゼロの二大巨頭ですが、水素を直接燃焼させ動力を得る「水素エンジン車」がサーキットデビューを果たしました。水素エンジン車のレースカーデビューは5月22~23日に開催されたスーパー耐久シリーズの第3戦、富士SUPER TEC24時間レースです。トヨタ自動車が開発した水素エンジンを搭載したカローラスポーツが参戦、見事に完走を果たしました。
ベース車両はカローラスポーツながら、「MIRAI」で培った水素関連技術やレース実績のあるGRやリスの4WDシステムを採用するなど、これまでのノウハウを融合させたマシンとなっています。
水素エンジンの特徴は、水素を燃料とすることでCO2をほぼ排出しないという環境性能の高さに加え、既存のガソリンエンジンの構造が流用できるという点です。当然、技術的な課題はあるとする一方、24時間という長時間にわたり走り続けたデータは、水素エンジンの可能性をさらに高めることとなったはずです。
そして、水素エンジンがモータースポーツにもたらす最大の功績は“エンジン音”にあるといえます。CO2排出がほぼゼロという点ではEVと同様ですが、水素を燃焼させエンジンを駆動するという構造により、モータースポーツの魅力ともいえるマシン独特のレーシングサウンド=排気音がこれまでと変わりなく堪能できることになります。モータースポーツの新たな方向性として、今後の開発プランに期待がかかります。

水素エンジン④

24時間レースを完走した水素エンジン給載車

バイオ燃料

NTT IndyCar Series

インディカーシリーズでは植物由来のバイオ燃料を使用

2020年、佐藤琢磨選手の「インディ500」2回目の制覇も記憶に新しいインディカーシリーズ。このシリーズで使用されるのがサトウキビやトウモロコシから生成されたバイオエタノールが主体の燃料です。日系メーカーではホンダの米国法人である「ホンダ・パフォーマンス・ディベロップメント」がエンジンサプライヤーとして2.2L V6ツインターボエンジンを供給しています。「インディカー」シリーズではその前身のシリーズも含め、早くからアルコール系燃料を使用してきました。最大の理由はガソリンに比べオクタン価が高く高圧縮比を実現できるからというものです。近年ではサトウキビやトウモロコシなどの植物由来のバイオエタノールへの転換を進め、現在ではE85というバイオエタノール85%、ガソリン15%の混合燃料を使用しています。E85はアメリカやブラジルなどではポピュラーな燃料として知られ、E85を燃料として走行できるフレキシブル・フューエル・ビークル(FFV)も各自動車メーカーから発売されています。
インディカーシリーズでは今後、ハイブリッドを搭載した次世代の2.4リッター6気筒ツインターボを導入することを発表しています。ハイブリッド化により現在の500~700馬力から900馬力以上に引き上げられるとされており、パワーアップと併せた環境性能の更なる進化も期待されています。

NTT IndyCar Series

注目を浴びるe-FUEL

SUPER GT

e-FUEL導入を検討するSUPER GTとF1

モータースポーツ界で注目を集めているのが「e-FUEL」と呼ばれる合成燃料です。水素と二酸化炭素(CO2)を触媒反応で合成したもので、ガソリンや軽油(ディーゼル)と混合して使用します。再生可能エネルギーで生産された水素と、産業プロセスから回収したCO2を使用することでカーボンニュートラルを実現する新たな燃料として注目を集めています。既存燃料との混合であるため既存のエンジンはそのまま、もしくは多少のモディファイを加えるだけで実現可能とされています。
実際、F1では将来的には「e-FUEL」の導入を検討しており、これが実現すれば欧州の自動車メーカーがレースへの参戦を検討すると報じられています。また、国内の「SUPER GT」でもカーボンニュートラルの実現に向け導入の検討を始めました。
既存のパワーユニットに大きな変更を加えることなく使用できる「e-FUEL」は、様々なカテゴリーでの使用が想定できるなど可能性を秘めています。

F1

e-FUEL導入を検討するSUPER GTとF1

 

 

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