【記者の窓】生活に引き寄せて

広報誌 #JAMAGAZINE では自動車産業記者会所属の記者の方々によるクルマにまつわるリレーコラムを連載しています。
2月号は時事通信社の工藤 玲記者です。

 経済部への異動を控えた昨年11月、私は初めて所有した「愛車」を手放すため、洗車を丁寧に済ませ、見積もり査定に回っていた。東京に行ったら、しばらく車の運転はしないかもしれない。名残惜しい気持ちになると同時に、愛車と過ごした駆け出しの3年半が走馬灯のように思い出された。

 初任地の岡山で、最初は車を使わずに生活、仕事をしようとしていたが、公共交通網が縦横無尽に張り巡らされた東京との違いを、数日で思い知った。焦げ茶色の軽自動車を中古で購入。その後の岡山から仙台への転勤も、一緒だった。大雨や大雪に見舞われようが、山道だろうが長距離だろうが、とにかくよく乗った。正直なところ、価格と条件だけで選んだが、泣いたり歌ったりしながら運転し、昼寝や仕事もしたあの車は、いつの間にか、紛れもなく私の「愛車」になっていた。

 自動車担当配属の噂が聞こえてきたのは、ちょうどその車を手放した後だった。全く予想外で、イメージの湧かない分野への配属に少し戸惑った。ただ、急に意識してニュースをチェックするようになると、この業界のニュースバリューの高さを痛感し、背筋が伸びる思いがした。

 「100年に一度の大変革期」。目の前で繰り広げられる各社の経営判断や戦略が、今後の自動車業界、ひいては世界経済全体にどう影響していくのか。答え合わせができるのはまだまだ先だが、重要な局面に立ち会えるに違いない。100年後の世界では当たり前になるような、新しい技術に出会える可能性もある。根っからの車好きでなくても、環境問題や新技術といった切り口から自動車に興味を持つ人にも、業界の今とこれからを伝えたい。

 今回改めて振り返ってみると、私には案外、車と共にした思い出がたくさんあることに気付く。物心ついた頃から、週末は家族で車に乗って出掛けるのが楽しみだったし、友人とのドライブは率先して運転役を買って出る。ドライブの時間や空間を誰かと共有する楽しさは、分かっている方なのかもしれない。

我が家では、東京から長崎の祖父母宅まで、車で帰省することがあった。片道1200キロメートル超の長旅は、両親が交代で運転し、子どもは寝たりお菓子を食べたり、サービスエリアの寄り道を楽しんだり。途中でキャンプ場や宿に1泊してから向かうこともあった。年々、車内で寝るには窮屈になり、体の成長を実感したものだ。兄と私が順に運転できるようになり、1人あたりの走行距離が短くなるのもまた、感慨深かった。

 着任してから数回、自動運転技術を体験した。先進技術に素直に感動したが、完全な実用化に向けての課題も知った。だがこの技術が当たり前になれば、両親が眠い目をこすりながら必死で運転した帰省も、いつかクスッと笑える話になるのかもしれない。自分の生活に引き寄せて考え、素人だからこそ抱く、技術やデザインに対する純粋な高揚感と感動を大切に、自動車の世界を楽しみながら取材したい。

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