【記者の窓】やっとクルマに近づいた

広報誌 #JAMAGAZINE では自動車産業記者会所属の記者の方々によるクルマにまつわるリレーコラムを連載しています。
9月号は読売新聞社の片桐聡記者です。

 これまでクルマにはほとんど縁がなかった。東京暮らしが長く、5歳のときにはもう家に車はなかった。両親が運転している姿はほとんど記憶にない。車のない生活に慣れていたため、運転免許を取得したときも、初任給を手にしたときも、車が欲しいと思ったことはなかった。旅行やゴルフに行くときにレンタカーをたまに使う程度の「クルマ離れしている若者」だと自覚していた。

数年前から、仕事でクルマに関わるようになった。CASEやMaaSはもちろん、「SUV」「ステアリング」など基本的な用語もよくわからず、常識のなさに恥ずかしい思いをしたものだった。先進技術の話を聞き、工場見学などをしていくなかでクルマへの理解は深まった。つながる車、自動運転、所有から利用、電動化など、大きな変革期にいることもわかった。それでも車を買いたいとはあまり思わなかった。

 昨年、コロナの感染拡大と同時期に妻の妊娠がわかり、状況は一変した。感染リスクを少しでも下げようと、外出時は公共交通機関ではなく、車での移動になった。車は安心・安全な移動手段だと気づかされた。子供が生まれ、さらに車を使う機会が増えている。自粛生活のなかで、密を避けられる。ドライブが休日の楽しみだ。普段は行けない郊外の公園の緑を子供に見せられる。車の中では、家にいるときと同じように、歌を歌ったり、動物の鳴き真似をしたりできる。なぜ東京で車を買うのか、やっとわかった。

 私のように車にあまり興味がなかった人が、ライフステージの変化によって、車の価値に気づくケースは多いのではないか。「若者のクルマ離れ」ではなく、クルマに近づいてすらいない人たちだ。そんな私でも今思えば、車で出かけるときのワクワクは子供の頃も感じていた。車に乗れば、いつも行かないファミリーレストランや公園に行ける。車内でお菓子を食べる、しりとりをする。30を過ぎた今も同じような感覚で、車で出かける週末を心待ちにしている。

 「若者のクルマ離れ」を根拠なく信じていた私が4月から自動車担当となった。今では、車のない生活は考えられない。ただ、自動車産業のあり方が変わるのは確実だ。自動車業界が突きつけられている課題は多い。
 政府の電動車目標は実現できるのか。充電施設の整備は間に合うのか。電動車は誰もが手の届く価格になるのか。そして、日本のメーカーは生き残れるのか。週末のドライブを楽しみに、平日は、日本経済の将来を左右する自動車業界の奮闘を少しでも多く伝えることに全力を注いでいきたい。

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