ミュージアムの歩き方 ⑦ホンダコレクションホール

自動車メーカーが社の歴史や技術、最新の製品などを展示する博物館(ミュージアム)を紹介するシリーズ。第7回は「ホンダコレクションホール」です。栃木県茂木町にある「モビリティリゾートもてぎ」を訪ねました。

※記事中の展示やイベントは取材当時のもの

宇都宮駅から車で約50分。自然体験とモータースポーツを融合した大型複合リゾートテーマパーク、「モビリティリゾートもてぎ」の南ゲートを入り1.5キロほど走ると左手に羽を広げたような建物が見えてきます。本田技研工業が「“夢と挑戦の物語”を体験できる場所」として1998年にオープンしたホンダコレクションホールです。創業者、本田宗一郎氏の想いを受け継いだ歴代の二輪車、四輪車、レーシングマシンなど約150台を展示。ホンダが紡いできた歴史が創業から現代まで時代ごとに紹介されており、製品を通じて辿ることができます。

エントランスにあるピストンリングをモチーフにした「夢リング」と呼ばれるオブジェ

夢と挑戦の歴史を物語るメッセージ

ミュージアムに入ると正面に高さのある丸いガラスのオブジェが来場者を迎え、上部に刻まれた「夢」という1文字が何かを語りかけます。本田宗一郎氏の直筆。「いつの時代も夢を追い、夢に挑み続けてきた物語がここにある」。見学に来てくれた人に対する歓迎の言葉のように感じます。

エントランスには象徴的製品が並ぶ

オートバイからロケットまで

夢リングのオブジェの後ろには、初期のホンダと最新のホンダの製品が70年近い年月を飛び越えて展示されています。

初期の製品は、耐久性や低燃費、扱いやすさから4ストロークエンジンを搭載したオートバイ「スーパーカブC100」(1958年)、ロードレース世界選手権で活躍した「RC145」(1962年)、F1世界選手権メキシコGPで初優勝したマシンと同型の「RA272」(1965年)、ホンダ初の時速100マイル(約160キロ)の性能を実現した「S800」(1966年)の二輪、四輪各2台のほか、「発電機E300」(1965年)。最新では小型ビジネスジェット機「HondaJet Elite Ⅱ」(2022年)のインテリアモックアップ、北海道大樹町で2025年に垂直離着陸の飛行実証実験に成功した「サステナブルロケット実験機」の実物が来場者を出迎えます。所狭しと新旧の製品が並ぶエントランスエリアだけでも、このミュージアムの“主役”である「夢」が伝わってきます。

自転車用補助エンジン、C型

貴重な創業期の製品

2階に上がり創業期エリアの冒頭に展示されているのは、本田宗一郎氏が動力源として市販の自転車にエンジンを搭載した最初の製品。旧陸軍無線機の発電用エンジンを流用しました。ホンダ創業2年前の1946年のことです。ほかに、47年に初めて「ホンダ」の名前で製品化した自転車用補助エンジン「A型」や49年に開催された日米親善レースでクラス優勝した「C型」、初めて4ストロークエンジンを搭載した「ドリームE型」、全国の自転車店を販売網として売られた「カブ号F型」など、自転車用補助エンジンとオートバイによってホンダの二輪車メーカーとしての地位を確立していった進化をうかがうことができます。

ドリーム4E型

初期には経営危機も

1954年、ドリーム4E型に原因不明の不調が発覚し、他の主力製品にも問題が発生。ホンダは創業以来の危機を迎えました。しかし、技術者たちがキャブレターに問題があることを突き止め、この危機を乗り越えました。

RC142

「苦しい時だからこそ夢が必要だ」

1954年 経営危機の最中、本田宗一郎社長は「苦しい時だからこそ夢が必要だ」と社員を奮い立たせ、「マン島TTレース」出場宣言をします。それから5年後の1959年、ホンダはロードレース世界選手権で最も重要な「マン島TTレース」にRC141とRC142で出場しました。初挑戦で4選手が入賞しメーカーチーム賞を受賞、その後の世界選手権フル参戦への礎を築きました。

スーパーカブC100、CA100の宣伝用ポスター

大ヒット商品「スーパーカブ」

エントランスにも展示されている1958年発売のスーパーカブC100。基本的なスタイルを変えることなく、今もスーパーカブC125などの現行モデルに受け継がれて進化し続けています。1962年に生産されたスーパーカブの米国向け輸出モデルは、赤を基調としたスマートなデザインで、当時米国の「バイクは反社会的で危険な無法者の乗り物」という偏ったイメージを一新したと言われています。

T360、S500

二輪の技術を駆使した四輪が誕生

1963年に四輪が登場します。ホンダ初の量産市販四輪車は「T360」。4気筒DOHC、4キャブレター、30馬力エンジンがアンダーフロア・ミッドシップに搭載されていました。また「S500」は初の市販乗用車で、44馬力の高性能。四輪では珍しい後輪チェーン駆動を採用し、随所に二輪で培われた技術が生かされていました。

ホンダRA272

F1に参戦し2年目で初優勝

「できるかできんかおれにはわかんねぇけど、おれはやりてぇよ」。本田宗一郎氏は四輪車レースの最高峰「F1世界選手権」に挑戦しました。初参戦のドイツGPでは、善戦むなしくリタイアの結果でした。しかし、改良を重ねることで参戦2年目の最終戦メキシコGPでは初優勝という快挙を成し遂げました。

CR110 カブレーシング(レース仕様車)

鈴鹿サーキットが完成

自動車の高速化と安全走行を両立させるためホンダは1962年、三重県鈴鹿市に日本初の国際的なレーシングコース「鈴鹿サーキット」を作りました。高速道路もなかった時代で、日本でレースが普及する先駆けとなる出来事でした。

また、市販レーサーCRシリーズの販売も開始され、レース参加の間口も作りました。

N360

軽自動車のベストセラー

1967年に発売された「N360」は、ホンダ初のFF(前輪駆動)方式を採用した軽自動車で、二輪をベースにしたエンジンと技術で31馬力を発揮しました。当時の軽自動車の性能を大幅に上回る性能と価格設定で記録的なベストセラーになりました。

シビック

世界で初めてマスキー法をクリア

1970年~85年のエリアに移動しました。

大気汚染が世界的な社会問題となっていた1970年代。米国の大気浄化法が大幅に改正され、自動車排出ガスの大幅削減を義務付ける「マスキー法」として自動車メーカーにのしかかりました。達成不可能といわれるほどの規制のなか、ホンダの技術者たちは「社会的責任」と位置づけて1973年、低公害エンジン「CVCC」を開発しました。このエンジンはシビックに搭載され、マスキー法を世界で初めてクリアしました。

ゴールドウィングGL1500

キングオブモーターサイクル

北米向けにスーパースポーツモデルとして誕生した「ゴールドウィングGL1000」は高い安定性と操作性が受け入れられ、快適に大陸横断もできる仕様にカスタマイズするユーザーも現れ出し、想定していた使い方から変化していきました。そのニーズに応えながら新型モデル開発をするごとに改良し、ツアラーモデル「GL1500」へと進化、さらに現行モデルまでユーザーの声に応えつづけています。

ロードレースで活躍した二輪マシン

モータースポーツのエリア

次のエリアには、ロードレース世界選手権(WGP)などで活躍した二輪マシンが並びます。1985年にはF・スペンサー選手が2ストロークV型4気筒エンジンを搭載したマシンで500ccクラスを、2ストロークV型2気筒エンジンのマシンで250ccクラスを、両クラスでダブルタイトルを獲得しました。

ウィリアムズFW11B、マクラーレンMP4/4

「技術力を、勝利で証明する」

ホンダはF1グランプリ参戦のイメージも強く、その歴史は60年を超えます。エンジンから車体まで製作してのぞんだ1960年代の第一期、エンジンサプライヤーとして勝利を重ねた1983年から1992年までの第2期など時代によって状況は異なりますが、一貫して「技術力を、勝利で証明する」という理念を持ち続けていました。第3期、第4期を経て、2026年からは再びパワーユニットサプライヤーとして参戦しており、最高峰に挑戦することで人と技術を磨いていく会社であり続けています。

シティ

「シティ」登場

1981年に衝撃的デビューを果たした「シティ」。都会的で行動派の若者向けのニューコンセプトは、背の高いデザイン、専用バイクの設定など新たな価値観を提案しました。大ヒットとなったシティはその後、次々とターボ仕様などのバリエーション展開をして話題を作り続けました。

レジェンド

好景気に向かった時代の遺産

1985年からの展示は3階にあります。

ホンダ初の3ナンバーセダン「レジェンド」は、「ホンダらしいフラッグシップ」を追求し、好景気にもけん引され、その存在感を示していました。この時代は「アコード」をはじめ、独創的で信頼性の高い製品を次々投入しました。

NSX

高価格スポーツカーに注文殺到

ホンダは1990年、これまでのスポーツカーの概念を覆す新世代スポーツカー「NSX」を発表しました。人を中心とした考え方を基に、高性能と快適性を高次元で両立するため軽量化を徹底追求し、量産車として世界初のオールアルミボディを採用。当時の日本車最高額の800万3000円という価格にも関わらず注文が殺到し、自動車の枠を超えた社会現象を巻き起こしました。

オデッセイ

「苦肉の策」で生まれたオデッセイが大ヒット

1990年代初頭は、空前のRVブームでした。ホンダには背の高い自動車を生産する工場がなく、「苦肉の策」でセダンをベースに開発したミニバン「オデッセイ」を発売。セダンベースであることが功を奏し、広い室内空間があるのにセダン感覚で運転できる乗用車として人気を博し、大ヒットとなりました。

ASIMO

人に寄り添うロボットの誕生

2000年代からの展示エリアは、ロボットで始まります。「鉄腕アトムをつくれ」。「人の身近なところで、人の役に立つロボット」を目指し、ホンダの新たな挑戦が始まったのです。1980年代の最初の二足歩行ロボット「E0」は、1歩進むのに15秒かかりました。研究開発を重ね「P2」、「P3」と進化、小型化をすすめ、2000年に「ASIMO」が誕生しました。

HondaJet Elite

空への挑戦 HondaJetの誕生

HondaJetは大空にも挑戦します。「HondaJet Elite」は、主翼の上にエンジンを配置することで機内空間を広く確保し、速さ、高さ、航続距離を総合して小型ビジネスジェット機としては最高性能を実現しました。現在までに世界で275機以上が納入され、運用されています。

企画展のご紹介
時代ごとの4つのフロアを繋ぐ2F、3Fの中央エリアでは企画展が開催されています。

ヤマハとのコラボレーション企画展示 ※展示期間:2026年7月18日~10月18日

ヤマハとのコラボレーション展示

2階の中央エリアで10月18日まで、ヤマハとのコラボレーション企画展示が行われています。「二つの情熱、ひとつの夢」と題し、ホンダとヤマハがそれぞれロードレース世界選手権(WGP)に挑戦した歴史をたどることができます。現在もMotoGPで挑戦を続ける2社の「世界への挑戦の歩み」を振り返ることができます。この企画展示は1年ごとに時代を追ってWGP挑戦の歴史を紹介していきます。

トミカとのコラボレーション展示 ※2026年7月18日~10月18日

トミカとのコラボレーション展示

3階中央エリアでは10月18日まで、企画展「TOMICA×ホンダ コラボレーション展示」が開催されています。トミカのモデルになったホンダの車両が展示されています。「1300クーペ9」や「3代目プレリュード」、軽トラック「TN360」など、懐かしい名車に出合うことができます。

太田文人さん

施設の担当者にインタビュー

ホンダの原点である「夢」、ものづくりへの「情熱」を次世代に伝えるため、会社創立50周年を記念して1998年に開館した「ホンダコレクションホール」。そこには専任のスタッフが時代に沿って構成されている展示物を説明してくれます。ブランド・コミュニケーションセンター UX企画課の太田文人さんに施設について語っていただきました。

展示にはさまざまな工夫が施されている

夢や物語を重視して展示

ホンダコレクションホールの展示は、市販車とレースマシン、二輪と四輪を分けることなく時代ごと4つのフロアに展示されています。開館当初は約8割が動態保存されていましたが、現在も多くの製品が走ることの出来る状態で展示されているのが大きな特徴です。サーキットで開催されるMotoGPをはじめとするレースイベントの時期や夏休み、大型連休などにはコレクションホールの中庭で、動態保存車のエンジンサウンドを聞くことが出来るイベントを開いています。また、アウト・オブ・コレクションホールと題して、社外のイベントに貸し出し、ホンダコレクションホールへ来ることがむずかしい方々にもホンダを感じていただく活動もしております。2024年のリニューアルでは、ストーリーを重視した展示にするため、製品の背景に伝えたい言葉を表現したパネルを設置し、また、音声ガイドも導入しました。「この製品にはどのような夢や挑戦、開発の物語があるのか」を体感できるようにしています。

パネルの言葉(文章)は、二輪、四輪、パワープロダクト、各事業部門からヘリテージ訴求の担当者に参加いただき、伝えたいストーリーのある製品の選考、そのストーリーがお客様へ伝わるように、言葉を選び抜いて作りあげました。4つに分けられた展示フロアでは、時代ごとに照明やパネルの色、言葉のフォントも変えており、「各時代を体感」できるように工夫しています。実際にホンダコレクションホールへ来ていただき感じていただければと思います。

企画展示

若い人や女性の来場者が増加中

この施設はグループ企業の研修にもよく利用されています。ホンダのフィロソフィー(価値観や企業理念)などを製品、ストーリーと共に分かりやすく学ぶことが出来るようになり、リニューアル以降は利用が増えています。

来場者の内訳では、少しずつですが若い人や女性が増えています。現在も50~60代が中心ではありますが、トミカとのコラボレーション展示などのファミリー向け企画を長期休暇に合わせて実施することで、30代の比率も上がってきており、家族連れの来場者もよく目にするようになりました。

リコールで経営危機に直面

成功だけでなく失敗も

「夢」というキーワードで始まるホンダコレクションホール。それぞれの時代にどんな挑戦、開発をしてきたのか、成功だけでなく失敗も展示しています。これからのホンダを作っていく人たちへ還元していくためにも、良かったことだけでなく経営危機や、それをどう乗り越えたのか、ということも伝えています。

「苦しい時だからこそ夢が必要だ」。「人のための技術が本当の技術」。展示で表現されている言葉を一つでもよいので持ち帰っていただいて、来場された方には「何か、次の一歩を踏み出してほしい」。そんな背中を押してあげるようなことができればと思っております。

ぺたぺたアートとトミカスタンプラリーの様子

課外授業やワークショップを実施

自治体や学校との協力関係も構築しており、課外授業に活用いただくことで、社会貢献活動にも取り組んでいます。教育プログラムでは技術者のトークショーやワークショップを開き、開発のストーリーや裏話を子どもたちに体感していただくことで、モノづくりへの興味をもってもらうなど、社会科教育の一助となればと考えています。

最近行われた例では、四輪デザインのカラー・テキスタイルデザイナーが考えてくれた端切れを組み合わせて自動車の形にくり抜かれた枠に“色付け”するサステナブルワークショップ「ぺたぺたあーと」やトミカになったホンダ車を探すスタンプラリー、ロボットハンドの開発者が先生となり、ストローや糸などの身近なものでロボットハンドの構造模型を作るワークショップなど、多様なイベントを開発者と現場スタッフの協力で用意しています。このような活動を通して次世代の子どもたちへもモノづくりの楽しさを感じていただき、ホンダコレクションホールが伝えたい 挑戦すること、夢を持つことへとつなげることができればと思っています。

関連リンク

ミュージアムの歩き方 アーカイブ- JAMA BLOG 一般社団法人日本自動車工業会

本田技研工業

ホンダコレクションホール